自分が救えなかった患者の記憶が、
精神科医デズモンドの心を、静かに蝕み続けている。
目を覚ますと、
彼の前には闇に沈んだ建物が立っていた。
外の世界の気配はなく、
重く澱んだ空気だけが、体にまとわりつく。
中へ進むたび、
周囲の電話がけたたましく鳴り響く。
受話器の向こうから届くのは、
救いを求める声ではない。
デズモンドの死を願うメッセージだ。
やがて彼は気づく。
この場所が、
かつて暮らしていたアパートに、
不気味なほど似ていることに。
拾い上げた一本のカセットテープ。
そこから流れてきたのは、
救えなかった患者たちの記憶、
そして――
彼自身が苦しみ、封じ込めてきた過去そのものだった。
◇本記事の構成◇
・『In Sound Mind』とは?心の奥を歩く心理ホラーアドベンチャー
・『In Sound Mind』の怖さとは?このゲームが描く恐怖は、どこから来るのか
・探索・謎解き・戦闘のバランス 歩き、理解し、対峙する『In Sound Mind』のプレイ体験
・『In Sound Mind』総評 恐怖は、外から襲ってくるものではない
『In Sound Mind』とは?
心の奥を歩く心理ホラーアドベンチャー
『In Sound Mind(イン・サウンド・マインド)』は、
心理的な恐怖を軸に据えた一人称視点のホラーゲームだ。
本作を手がけたのは、開発スタジオ We Create Stuff。
彼らの名が知られるようになったきっかけは、
2010年前後に公開された無料ホラーモッド
『Nightmare House 2』だった。
Valveの『Half-Life 2』を基盤に制作されたこの作品は、
少人数による開発でありながら、
“間”を活かした演出と構成力で高い評価を受けている。
その経験を経て、
We Create Stuffが商業作品として挑んだのが、
この『In Sound Mind』だ。
プレイヤーは精神科医デズモンドとなり、
患者たちの“記憶の世界”を巡っていく。
それぞれの精神世界は独立したステージとして描かれ、
現れる怪物や異変は、
トラウマや後悔といった内面の象徴として姿を変える。
音楽を担当するのは、
YouTube発のアーティスト The Living Tombstone。
本作の音楽は前に出すぎることなく、
不安や緊張を静かに持続させる役割を担っている。
恐怖を直接煽るのではなく、
心の奥に沈んでいく感情をなぞるような音使いだ。
派手な驚かしに頼らず、
空間、沈黙、音の配置によって
心理的な圧迫感を積み重ねていく構成は、
モッド時代から続く
We Create Stuffの作風が、
商業作品として再構築された形と言えるだろう。
『In Sound Mind』の怖さとは?
このゲームが描く恐怖は、どこから来るのか
本作は、
醜悪なクリーチャーが突然現れ、
視覚的な恐怖で圧倒するタイプのホラーとは大きく異なる。
恐怖の起点となるのは、
テープから聞こえてくる患者たちの悲痛な声。
デズモンド自身が残した、
精神の歪みを記録したカルテ。
そして、建物の各所に散らばる、
意味を断定できない断片的な情報だ。

それらは最初から恐怖として提示されるわけではない。
むしろ、理解しようとする過程で、
少しずつ不安へと変質していく。
『In Sound Mind』の恐怖は、
演出によって与えられるものではなく、
理解してしまうことで立ち上がるものだ。
やがてプレイヤーは、
患者がおかしかったのか、
それとも自分自身の判断が歪んでいたのか、
その境界が曖昧になっていく感覚に囚われる。
主人公デズモンドが物語の中で抱く恐怖も、
まさにその種類のものだろう。
デズモンドを通して体験するのは、
怪異への恐怖ではない。
他者の心に踏み込み、
理解し、
それでも救えなかったという事実と向き合う恐怖だ。
そこには、
精神的な不安と、
拭いきれない罪の意識が静かに積み重なっていく。
本作に登場するクリーチャーたちは、
そうした患者たちのトラウマが形を成した存在である。

その造形は、
グロテスクでおぞましいものではなく、
どこかキッズ向けアニメの怪物を思わせる、
少しコミカルな印象すら受ける。
姿そのものに、
強烈な恐怖を覚えることは少ない。
しかし、
自分の顔を見ることを恐れて覆い隠した存在、
影そのものとなってしまった存在など、
断片的に語られる背景と結びついたとき、
その姿は急に意味を帯び始める。
恐ろしいのは見た目ではなく、
そこに至る心の過程なのだ。
もちろん、
一般的なホラー的演出も用意されている。

突然鳴り響くガラスの割れる音、
重機が落下する轟音、
そして、けたたましく鳴り続ける電話。
こうした音は時折挟み込まれ、
プレイヤーの神経を強く刺激する。
だがそれらは、
恐怖の山場を作るための
ジャンプスケアとは少し性質が異なる。
不安を一瞬で解放するためではなく、
緊張を解かせないための刺激として機能している。
『In Sound Mind』が描く恐怖は、
「何が出てくるのか」という恐怖ではない。
「どこまで理解してしまうのか」という恐怖だ。

だからこそ本作は、
怖い場面が過ぎ去ったあとも、
感情だけが静かに残り続ける。
本作で描かれる恐怖は、
プレイヤーを驚かせるためのものではなく、
心の奥に沈殿していくものなのだ。
探索・謎解き・戦闘のバランス
歩き、理解し、対峙する『In Sound Mind』のプレイ体験
本作は、一人称視点で進行するホラーアドベンチャーゲームだ。
プレイヤーは精神科医デズモンドを操作し、
謎に包まれたアパート内部を探索していく。

探索の中で見つかるのが、
患者との対話を記録したカセットテープ。
このテープを再生することで、
それぞれの患者が抱えていた
“トラウマの世界”へと足を踏み入れることになる。

患者の世界は実に多彩だ。
港、スーパーマーケットなど、
日常的な場所が舞台でありながら、
どこか現実感の歪んだ空間として描かれる。
映像表現は非常にリアルで、
インディーゲームとは思えないほど
ダイナミックな演出に心を奪われる場面も多い。
本作のゲーム性は、
戦闘よりも謎解きに重きを置いた構成だ。
謎解きそのものの難易度は高くなく、
理不尽さを感じることも少ない。

しかし、
目に見えないものを鏡に映し出す仕組みなど、
独自のシステムが用意されており、
単調さや歯ごたえのなさは感じにくい。
理解することで進める設計になっているため、
解けたときの納得感と満足感はしっかりと残る。
また、
謎解きの最中に挿入される
ダイナミックな演出も印象的だ。
静かな探索が続いたあと、
一気に状況が動く瞬間が訪れ、
プレイヤーの感情を大きく揺さぶる。
この“静と動”の切り替えは、
本作のプレイ体験を特徴づける要素の一つと言える。
戦闘要素も用意されている。

使用できる武器は、拳銃とショットガン。
さらに、鏡の破片をナイフのように使った
近距離攻撃も可能だ。
基本的には、道中に現れる
通常クリーチャーとの戦闘が中心となる。
一方で、
ボス戦では単純な撃ち合いではなく、
ギミックを活用した戦闘が求められる。

ここでも、
反射神経より理解力が重視されている印象だ。
物語の進行も、
プレイ体験と強く結びついている。
序盤では多くを語られず、
この先どのような物語が展開されるのか、
輪郭はあえて曖昧なままだ。
しかし、
テープの世界で
救えなかった患者たちと向き合っていくうちに、
少しずつ物語の全体像が見え始める。
それぞれ独立しているように見えたエピソードが、
やがて一つの事象へと収束し、
その背後にある“大きな影”の存在を感じさせる。
その瞬間、
プレイヤーは先へ進みたくなり、
自分なりの考察を巡らせ始める。
物語と体験が噛み合ったときの感覚は、
本作でもっとも印象に残る楽しさだった。
『In Sound Mind』総評
恐怖は、外から襲ってくるものではない

『In Sound Mind』は、
恐怖を“消費”するためのゲームではない。
驚かせ、怯えさせ、忘れさせるタイプのホラーとは、
明確に一線を画している。
本作が描くのは、
救えなかった過去と向き合い続けること、
そして、
理解してしまったからこそ背負う重さだ。
テープに残された声、
断片的な記録、
そして歪んだ世界を巡る体験は、
プレイヤーに答えを与えるのではなく、
問いを残していく。
なお、本作の音楽を手がけているのは、
YouTubeを中心に活動するアーティスト
The Living Tombstone。
代表曲は単体で数億回再生を記録しており、
ネットカルチャーやホラー文脈では
広く知られた存在でもある。
だが、『In Sound Mind』における音楽は、
その名声を前面に押し出すものではない。
旋律は控えめで、
恐怖を直接煽ることも少ない。
それでも、
不安や緊張が長く残るのは、
感情の底に静かに作用する音の配置があるからだろう。
すべてを遊び終えたとき、
はっきりとした爽快感が得られるわけではない。
だが、
この物語を最後まで見届けたという感触は、
静かに、確かに胸に残る。
派手な恐怖を求める人には、
物足りなく感じる部分もあるだろう。
一方で、
心理的な揺らぎや、
人の心の歪みに触れる物語に惹かれる人にとって、
本作は忘れがたい一本になるはずだ。
恐怖は、
外から突然襲ってくるものではない。
それは、
目を背けてきた記憶の中に、
最初から存在している。
© We Create Stuff. Published by Maximum Entertainment. All rights reserved.
本文中で引用した作品情報・画像・映像は、
Steam公式ページおよびWe Create Stuff公式サイトの掲載内容に基づいています。
あわせて、本記事には筆者自身のプレイ映像・スクリーンショットを使用しています。
