『SILENT HILL f』は、コナミが贈るサイコロジカルホラーの最新作。
1999年に発売され、霧・暗闇・心理的演出で新しいホラーの形を示した『Silent Hill』の系譜に連なる。

ストーリーは『ひぐらしのなく頃に』などで知られる竜騎士07氏が担当。
クリーチャーおよびキャラクターデザインはkera氏が手がけ、
音楽にはシリーズを代表する作曲家山岡晃氏に加え、
アニメ・ゲーム音楽で豊富な実績を持つ稲毛謙介氏も参加している。
名だたるクリエイターが集結し、新たな“サイレントヒル”を形づくっている。

まだ記憶に新しいTGS2025では、独自の個性を色濃く表現した、美しくも恐ろしいブースが話題となった。常に列が絶えず、ファンのみならず全国のゲーマーの注目を集めた。

さらに本作は、出荷本数100万本を突破。
Golden Joystick Awards 2025では「Best Storytelling」と「Best Soundtrack」の2部門にノミネートされ、いま最も注目を集める作品のひとつである。

1960年代の日本を舞台にした“サイコロジカルホラー”。
主人公・深水雛子(しみず ひなこ)の周囲で起こる、恐ろしくも儚い出来事を描く。
今回は、そのプレイ体験を静かに紐解いていきたい。

※本作はCERO:Z(18歳以上対象)指定作品で、暴力的・心理的に強い表現を含みます。

◇本記事の構成◇
・舞台は1960年代の日本──変わりゆく価値観のはざまで
・赤と狐──『SILENT HILL f』に潜む稲荷信仰の象徴
・深水雛子という少女──『SILENT HILL f』の中心にある痛み
・恐怖の形──『SILENT HILL f』が描く、血と心のあわいに咲くホラー表現
・『SILENT HILL f』のゲームシステム──探索、アクション、そして緊張感
・終章──『SILENT HILL f』が描く、咲くことを強いられた少女・深水雛子
『SILENT HILL f』製品情報


舞台は1960年代の日本──変わりゆく価値観のはざまで


舞台は、1960年代の日本。
誰もが「明日」を信じて働き、町にはテレビと自動車が並び始めていた。
高度経済成長という言葉が輝いていたその裏で、古い家々としきたりだけが、地方の片隅に取り残されていた。

山に囲まれた小さな町。
赤い花が咲き、古びた社が立つ。
そこでは、過去がまだ形を保ち、女たちは“家”という名の檻の中で、静かに生きていた。

咲くことを強いられ、枯れることも許されない。
それでも笑ってみせるのが、あの時代の“生き方”だった。
『サイレントヒル f』が描くのは、 そんな沈黙の中に押し込められた痛みと、見えない場所で赤く咲いてしまった、ひとつのこころの痕跡だ。

赤と狐──『SILENT HILL f』に潜む稲荷信仰の象徴


本作には、狐の像や、それを思わせる意匠が多く登場する。
赤い鳥居、古びた社、灯籠の列。
それらは、日本に古くから根づく稲荷信仰を思い起こさせる。

稲荷神とは、穀物と食を司る神、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
古くは「御食津神(みけつかみ)」とも呼ばれ、その名が“三狐神(さんこしん)”と結びついたという伝承が残されている。
この音の重なりが、やがて狐を稲荷神の使い(神使)として位置づける由来のひとつとされている。
田を荒らす鼠を追い払い、稲を守る存在としての狐は、古くから“田の神の使い”として人々の生活に寄り添ってきた。
その一方で、狐火や憑依といった伝承にも見られるように、人と神、現と幽のあいだを行き来する“あわいの生き物”でもあった。

『サイレントヒル f』に登場する狐の像や赤い意匠は、そんな“境界の記憶”を静かに呼び覚ます。
それは豊かさと恐れ、祈りと呪い――相反する感情のあわいに咲く、歪んだ神聖さそのものだ。

深水雛子という少女──『SILENT HILL f』の中心にある痛み


物語の主人公・深水雛子(しみず ひなこ)は、地方の山間にある小さな町──戎ヶ丘に暮らしている。
父、母、姉の四人家族だったが、いまは父と母、そして雛子の三人。
姉は家を出て行き、家の中にはいつも静かな空気が漂っていた。

町には“相棒”と呼び合う幼馴染・岩井修、そして友人の凛子咲子がいる。
笑い合う時間は確かにあったはずなのに、その光景はどこか薄い灰色をしている。

雛子は、家の中で繰り返される“昭和の父親”と“従う母親”の姿を見つめながら、自分の在り方を探していた。
父に反発し、母を理解できず、心の奥には、形にならない怒りと寂しさが沈んでいる。

親、友人、世間。
それぞれが自分に求める“理想の姿”と、自分が望む“ほんとうの姿”。
その狭間でもがき続ける思春期の少女──それが、深水雛子という存在だ。

恐怖の形──『SILENT HILL f』が描く、血と心のあわいに咲くホラー表現


本作の恐怖表現は、多岐にわたる。
血しぶきが花のように舞うゴア的な演出、化け物が物陰から迫る瞬間のジャンプスケア──
視覚的な恐怖の完成度も、シリーズ随一だ。

だが、最も強く心を締めつけるのは、人の内側にある恐怖だろう。
友人・凛子の嫉妬。咲子の束縛。
そして、父親が持つ“女はこうあるべき”という思い込み。
そうした感情の濁流が、赤い花のように滲み、静かな日常の中で雛子の心を侵していく。

嫉妬、依存、支配。
それは現代にも通じる“人間的な恐怖”でありながら、1960年代という時代が孕んでいた“女の在り方”の呪縛は、現代の私たちにはもはや異形にすら映る。
雛子がそれを嫌悪し、抗う姿は、まさに現代的な意識そのものだ。

だからこそ、プレイヤーは雛子に共感し、同時に怯える。
彼女の心が壊れていく過程の中に、自分の影を見るからだ。
――そして、感情移入した先に待つのは、あなた自身をも孤独に沈めるような“終わり”かもしれない。

『SILENT HILL f』のゲームシステム──探索、アクション、そして緊張感


本作は、アクションと探索、そして謎解きで進行するアドベンチャー。
物語の重さに反して、アクション性は意外と高い。
回避やカウンターといった緊急動作もあり、武器には耐久値が設定されているため、無闇に戦うことは得策ではない。
慎重さと決断──そのわずかな呼吸の間に生まれる“静かな緊張感”が、プレイ全体を包み込む。

プレイヤーを強化するお守りシステムが用意されており、装備の組み合わせによって戦闘のテンポや立ち回りが変化する。
アドベンチャーでありながら、しっかりとしたアクション性を持つのが本作の特徴だ。

舞台は二重構造になっている。
雛子が暮らす現実の町「戎ヶ丘」での探索と、
狐面の男に導かれて進む“和風の宮殿”──もうひとつの世界。
ふたつの世界は互いに響き合うようでいて、それぞれが独立した現実として存在しているかのようにも見える。

雛子はその二つを往復しながら、
少しずつ、自分の中に眠る“感情と対峙していく。

現実での違和感が心の内側へと滲み、
もうひとつの世界の歪みが現実の町に重なっていく。
その行き来の中で、プレイヤーは雛子の心が、静かに崩れていく音を、“緊張”として体験することになる。

難易度設定も調整可能で、物語重視を選べばアクションが苦手でも最後まで楽しめる。
一方で歯ごたえも十分にあり、謎解きの難易度も選べるため、誰でも“自分のペースで恐怖に向き合える”設計になっている。

終章──『SILENT HILL f』が描く、咲くことを強いられた少女・深水雛子


“咲くことを強いられた少女”──深水雛子。
彼女の前に現れる化け物たちは、いずれも押し付けられた「役割」の形をしている。

産むことを強いられたような巨大な肉体、着飾ることを義務づけられたマネキンのような存在。
雛子は、自分に課された“あるべき姿”そのものと対峙していく。

心の奥底に潜む感情が、友人たちを歪ませて襲いかかり、狐面の男は優しさと痛みのあいだで彼女を惑わせる。
思春期の少女が、世界の“期待”に押しつぶされながら壊れていく。
その姿が恐ろしくも、どこか美しいと感じてしまう――
その瞬間、私は、自分が少し壊れてしまったのではないかとさえ思った。

最もおぞましく感じたのは、父親が押しつける“女性のあるべき姿”だ。
1960年代の日本では、まだ家庭の中心には“家父長”がいた。
男が働き、女が家を守る――それが当然とされた時代。
制度的にそれが変わり始めるのは、1985年の男女雇用機会均等法の成立、
そして日本が女子差別撤廃条約を批准した頃からだ。
けれど、地方の現実はその波の外にあり、抗う術を持たない女性たちが沈黙の中で生きていた。

今の時代に生きる私から見れば、雛子の父の姿は異常で、恐ろしい。
しかしそれは“個人の悪”ではなく、“時代の呪い”なのだと思う。
そして、その呪いの中で抗いながらも咲かされていく少女の姿に、私は痛みと同時に、抗えないほどの美しさを見てしまった。
その背徳感こそが――この作品が放つ、最も深い恐怖だったのかもしれない。
……画面を閉じても、あの赤は目に焼きついたままだ。

——文・ねりけし(NoirPix)

『SILENT HILL f』製品情報


タイトル:『SILENT HILL f』
メーカー:KONAMI
対応機種:PlayStation®5、XboxSeries X|S、Steam®、EpicGames、Microsoft Store(Windows)
ジャンル:サイコロジカルホラー
CEROレーティング:Z(18歳以上)
メーカー希望小売価格:
スタンダードエディション:8,580円(税込)
※パッケージ版はPlayStation®5のみ
デラックスエディション:9,790円(税込)
※ダウンロード版のみ

『SILENT HILL f』公式サイト
https://www.konami.com/games/silenthill/f/
「SILENT HILL」シリーズポータルサイト
https://www.konami.com/games/silenthill/jp/ja/
「SILENT HILL」シリーズ公式X
https://x.com/silenthill_jp

©Konami Digital Entertainment
※掲載画像は、KONAMI公式プレスキットおよびTGS2025会場での取材撮影素材をもとに構成しています。
いずれもレビュー目的で使用しています。